川苔山(1363m) 

 
 数度の寝坊による延期を経て、いよいよ川苔山への登山決行と相成った。

 前日早めに寝て朝五時起床し、いつものフルグラとバナナにホットミルクの朝食を済ませて出発。万全の装備を二日前にパッキングしておいたので忘れ物も無いはずだ。 早朝に加えてここ数日かなり冷え込んでいるが、1月の鍋割山でも活躍したパールイズミのアンダーにマイクロフリース、ウィンドブレーカーの組み合わせは非常に優秀で、露出している顔と耳だけが辛いもののそれほど寒さを感じない。 登るときはウィンドブレーカーも脱いでいいだろうと予想しつつ電車に乗り込んだ。 青梅線に乗り換え待ち中になんとなく話したおじさんの話が面白く奥多摩駅まではあっという間に過ぎてしまった。

 奥多摩駅到着からバス発車までの時間が10分程度しかなく、登山届を出したりトイレに入る余裕も無かった。バスに乗る時点で既に催していたのだが、登山道入り口へ向かう林道の始点となる川乗橋バス停付近にもトイレは無かったので、しかたなくここでストレッチを済ませ、ウェストベルトのポケットに行動食を移し、GPSの電源を入れて歩き始めた。 もっともここでストレッチや準備なんてする人は少ないようで、皆バスを降りるとさっさと歩き出してしまい、同じバスに乗った人で自分は最後から2番目の出発。


登山道入り口

 予想はしていたが、山間部に加え沢沿いなのでいっそう冷え込んでいる。尿意を我慢しながらではペースも上がらず、後から来た人にもたちまち抜かされあっという間にドンケツになってしまった。 後から来る人が居ないとわかると安心して出せるのでここでようやく小雉を撃つ。 

 スッキリしたので安心してスピードを上げると、昔何かのプレートが取り付けられていたような痕跡(四角い凹)のある岩に出くわした。 後でググったところによると、1986年に上智大の探検部の学生さんが聖滝の鍾乳洞にある地底湖探検中に行方不明になった遭難の慰霊レリーフであり、去年25年ぶりに白骨遺体が発見されたというなんとも背筋の凍る話であった。 なんか剣呑な雰囲気を漂わせていると思ったが・・・・。しかしなんでそのレリーフが外されてしまったのであろうか。
 
 そんな疑問も歩いていくうちに忘れてしまい、谷間で薄暗かった道にも日が差してきた。竜王橋を渡ったあたりで進行方向のほうに見事な景色が現れた。 晩秋〜初冬の濃い青空に切り立った岩壁の上部だけ紅葉が張り付いて見事なコントラストだ。笙ノ岩山の肩の部分であろうか。 とにかく今日は天気が恐ろしく良くて、空気も澄んでいるので何もかもが色鮮やかだ。 森の木々は紅葉より黄色の葉が多いのだけど、その分現れる紅葉はいっそう鮮烈だ。 また途中には小さな滝や落ち込みがいくつもあって目を引く。


笙ノ岩山方面
  
 細倉橋のトイレが設置されているところからいよいよ登山道が始まる。ちなみにここのトイレは小規模水力発電(水車)の電気が通ったバイオトイレであり、匂いが全く無い優れものだ。 ただ、一つしかないので土日にはかなりの行列が出来るだろう。 ここにはベンチもあるので小休止をとる人も多く、自分も自家製エナジーバーを一口かじって一服入れる。 さっき小雉を撃ったばかりだが、寒くて近くなっているので念のため小用も済ましておく。 軽いストレッチをもう一回やって体も温まったところでウィンドブレーカーを脱いでザックに押し込み、いよいよ「真・登山道」に入る。
 

細倉橋の登山道入り口

 わざわざ括弧つきで書いたのは、(川乗橋バス停のところにゲートがあるとはいえ)ここまでは林業や警察消防の救助隊の車は来れる道だからで、ここからは一気に道幅も狭くなり、滑りやすい木道や悪い足場、渡渉なんかが出てくるからだ。 奥多摩消防署や山岳サーチ&レスキューのサイトを見てもらえればわかるのだが、ここ川苔山は奥多摩でもトップクラスの遭難多発地帯なのである。前出の洞窟探検中に遭難した学生があの世からオイデオイデしているわけではないだろうが・・・。

 標高が大した事なさそう(御前山や三頭山より低い)に見える、山頂の眺望に定評がある、途中「百尋の滝」という人気スポットがある、交通の便もそれなりと色んな要素が重なってタダでさえ登山者が多いからというのもあるのだが、その手軽さに反して登山道が狭い上、沢沿いの為常に湿っており秋は濡れ落ち葉で転倒しやすい、足場の悪いガレ石の上を通ったり渡渉を繰り返すため疲労しやすくこれがまた転倒を招く、いったんコケると切り立った急斜面の為止まれず数十mあっというまに滑落してしまうのが大きな理由だ。 実際歩いているとそれがよく判る。
 
 2度ほど登った丹沢の大倉尾根は斜面はキツく足にダメージは来るものの、侵食防止の為に登山道を外れないよう両脇にロープが張られていたりするため、道を踏み外して遥か下に滑落といった恐怖を感じることはほとんど無いのだが、ここは傾斜のきつさとは別に転倒・滑落のリスクが大きい山なのだ。 今は歩き出して間もない登りの途中だから体力的にも余裕があるが、高齢の登山者がこちらを下山ルートで取った場合などは危険度も急上昇するだろう。 ブログを見ると天候の運もあるが初登頂までに数回敗退してる人もいるようで、体力が無い人には油断のならない山かもしれない。
 
・・・と、脅かすような事を書いてしまったが、この登山道は非常に楽しい。 なんというか変化が大きくて飽きが来ないのだ。 針葉樹と広葉樹の樹相の変化も大きく、時折必要な渡渉、木道、狭く緊張感のある道、ガレ場、ごつごつした岩場、小刻みなアップダウンと様々な状況が現れるし、見える景色の変化も大きい。先ほども書いたように小さな滝や落ち込みが頻繁に現れ、時に手で掬って飲めるような湧水もいくつかある。 今日は秋で紅葉、黄葉が美しいが、春なら新緑、夏は生い茂った豊かな緑が目に優しそうだ。 今日は肌寒いので有り難味が感じられないが、脇を流れる川は夏には天然のクーラーとなってくれるだろう。 ここまでなら勾配も比較的緩やかなので、体力に自信の無い人は百尋の滝まで行って帰ってくるだけでも十分楽しめるだろう。
 


 

 変化に飛んだ道を楽しく登っていくと突然ザックリと切り立った大岩壁が前方に現れ、梯子の様に急な階段を降りていく道と急激な登りの道の分岐となる。 急階段は百尋の滝へ向かうのでまずはこちらへ進む。自分は気になるほどではないが体力の無い人にはきついのだろう、結びコブを作った補助ロープも設置されている。 先行していた青年が階段から上がってくるなりニコニコ顔で『すばらしいですよお!』と絶賛するので期待は一層高まる

 丹沢が多かった今年の山行で川苔山、しかもこのルートを選んだ目的の一つはここ百尋の滝だったのだが、本当にこのルートを取るだけの価値はあった。 落差は40mだというから海沢大滝よりもスケールはでかい。 払沢の滝は60mだが、アレは何段かに分かれている一番下の部分だから一発の落差で言えばこちらの方が迫力がある。 が、それでいて繊細というのか女性的というのか、なにか柔らかさも感じるのだ。
 


 
 ガレた岩場を慎重に歩いていけば滝壺近くまで寄れるのだが、そこから見上げると一層雄大だ。 しかしここまで近づいてしまうと飛沫というか水煙も飛んできてタダでさえ低い気温が一層寒く感じる。 今日はいつもの防水コンデジに加えて父親のカメラを借りてきたのだが、こちらは防水ではないので取り扱いは慎重にしなければならない。あまりここで粘っていると水煙でじっとり濡れてしまいそうなので肉薄したところではあまり長居をしなかった。 水面に枯葉が厚く浮いているので地面と誤認して靴を濡らしそうになりながら対岸側に渡って撮影しているうちに体がすっかり冷えてしまった。歩いている途中は感じないのだが、なんだかんだ言ってやはりまだ気温が低いのである。細倉橋で出したばっかりなのにまた催してしまい、二人の壮年登山者と入れ違いに滝壺を離れて岩陰でこっそり本日3度目の小雉を撃った。
 
 
 
 滝を離れてからいよいよ川苔山頂への道を進む。ここから先は、奥多摩三山や丹沢なんかを経験済みの人ならば「よっしゃ、いよいよ本番だな」と心が奮い立ち、高尾山や弘法山(要は小学校の遠足レベル)くらいしかやったことの無い人なら心が折れる急勾配となる。引き返すならば丁度良い頃合なのだ。 さて、自分はというと今年だけで表丹沢の山を5回もやってるくらいだから恐れることは無いはずなのだが、陣馬〜高尾山からちょっと間が開いてしまった上に大きいザックを背負うのは新島以来(ミレーのザックは表尾根縦走以来)という事もあってなかなか調子が上がらない。また、夏以降全く泳いでいないのでいいかげん上半身がヤワヤワになっているのだろう、腰や肩に何とは無しの張りと痛みが出てきてしまった。 しかし、ケルティのザックに十数キロの荷物を背負った状態でも何ともないのにこのミレーのザックだと覿面に変調が出てきてしまうのはどうしたことか。 なんか、左右のバランスがうまく取れない感じがするんだよな・・・。 ストラップの長さを改めて調節したり、また行動食を齧ったりして体勢を立て直す。 
 
 で、改めて。
 この登山道、本当に楽しい。百尋の滝の後はキツさが増すのだけど、ある程度の体力さえあれば十分に対応可能なので「歩き応えがある」と良いほうに解釈できる。今回初めてと言うこともあって丹沢山ピストンのように意識して飛ばしていないというのもあるが、周りの景色を眺める余裕もある。 何より特筆すべきなのは沢というか渓流の美しさで、「川乗山」と表記される事もあるのが納得の美しさなのだ。 何か動くものがあったのでひょいと沢を覗き込んだらヤマメがいたりして、この山の自然の豊かさを思い知らされることしきりであった。

 もう一つこの山の面白さを増幅させているのは、このルートのコース取りゆえだろう。 これまで登った山の幾つかは下の登山口から稜線に直登したりするため、ある程度登ってもひょいと振り返れば下の町や道路が見えたりして、いつまでも人間の気配が消えないところがあった。 ところがこのルートは百尋の滝までは川苔谷、百尋の滝からは火打石谷、横ヶ谷を進み、川苔山の北側をぐるっと巻いていくため、人の気配を残すような車の通れる道は近くに無くなってしまうのである。 西には笙の岩山と鳥屋戸尾根、北は蕎麦粒山と日向沢の峰、東は横ヶ谷平の稜線、南は川苔山に囲まれて、まさに自然の真っ只中に放り込まれた感がハンパない。もちろん人気の山ゆえ木道、標識などは整備されているし、踏み跡もあるのだが、林業関係者がつけたと思しき登山道とは外れた踏み跡とか、倒木がいくつも塞いでいて道がやや不明瞭になっているようなところもあってスリル満点なのだ。 親切な人がつけておいた赤テープのおかげで迷うようなことは無かったのだけれど、浅間尾根とか分岐ゼロの大倉尾根、はたまた下から上まで人が繋がりっぱなしのような高尾山しか経験が無い人は不安になってしまうこともあるかもしれない。

 今日は平日でやや人が少ないところにバス到着後チンタラしていたこともあって一人大きく出遅れ、途中で抜いた人はペースが違うのか大きく離れてしまったので、途中から他の人の気配(熊鈴とか)を感じることもなくなってしまった。 苔むした倒木がいくつも転がっているところは人の通ったところだけが苔が剥げていて、それが道の目印になっていたりで、そういうのを発見するとなんだか自分の感覚も研ぎ澄まされてきたように感じてくる。ガッチガチに整備されたり人通りが激しすぎて侵食が酷くなっていたりする登山道とは一味違う体験だ。 こんな山道を一人で歩いていると、なんだか童話の妖精すら出てきそうだ。 実際にはそんな事は無いと判っているのだが・・・。足毛岩経由で山頂へ向かう道と曲ヶ谷北峰へ向かう道分岐を過ぎると苔むした堰堤や倒木が多いのだが、この辺で不思議な感覚にとらわれた。

 「なんか、懐かしい・・・」

そんな事あるはず無いのである。1000m峰を越えたのはつい数年前が初めてだし、晩秋の山だって去年の御前山ぐらい。 こんな景色は見た記憶は無い。 滅多に遠出することの無かった子供時代、落葉樹があるところといえば遊歩道と羽根木公園くらいのもの。あとは小学校の修学旅行(日光)と中学の移動教室(河口湖)ぐらいだろう。なのに、秋の青空の下、落ち葉の道を登っているとそんな気がしてしまうのだ。 これはアレだ、なにかTVや本で見たバーチャル体験なのだろう。思い当たるのは幼稚園の頃読んだ「こどもとしぜん」(ひかりのくに)「こどものとも」(福音館)という幼児向け雑誌のグラフページ(スッゴイ綺麗な写真だった)なのだが・・・・。 

 横ヶ谷から最後の急な登りに入ると向こうから降りてくる人とすれ違った。 こちらから降りるとなると日暮れ時は危険が大きいから鳩の巣や古里から登って早めに降りてきたのだろう。 山頂の眺望はバッチリで、人も結構いるとの事。 あまり遅くなると靄も出てきて遠望もきかなくなるし、今日はスピードも上がらないので気が急いてくる。 それでもふと下を見ると小動物の糞が落ちていたりなんかして足が止まってしまう。 鹿や兎ではないし、熊のわけないし、猪でもなさそうだし・・ 丹沢でも似たようなの見たからテンだろうか?それとも溜め糞するほど成長してないたぬき?猿? あれやこれやと面白いものが出てきては尽きない。 これが奥多摩の魅力だろうか。
 

 
 そして、驚いた事にこの辺まで来ると登山道脇に霜柱が立っている。 もうすぐ山頂だから標高にしたら1200〜1250m付近だろうか。 奥多摩駅の標高が343m、予報では最低気温が5度前後だから・・・標高差900m、気温にして4〜5度低くなり、放射冷却も加わったら霜柱が出来ても不思議は無いのだが・・・。
 
 そして尾根に出ると一気に眺望が広がる。 昔はここに避難小屋があり、数年前までは残骸というか廃墟があったらしいのだが、今は完全に撤去されてベンチがあるだけだ。 ここで細倉橋で追い抜いた夫婦が弁当を食べていた。途中で追い抜かれた記憶が無いから百尋の滝に降りたときに抜かれて、そのまま引き離されたのだろう。 鈍重そうに見えてなかなか健脚な夫婦のようだ。
 
 最初地図を見たときには迷いやすそうな気がしたが、標識・道ともしっかりしておりここから頂上までは判り易い尾根道なのでもう心配は無い。少し先行してる人に続いて頂上を目指し最後に相応しい快適な尾根道を歩く事10分ほど。11時48分昼飯に丁度良い時間に山頂に到着した。
 

 
 西から北にかけてが特に眺望が開けており、雲取山鷹ノ巣山といった山々が聳えている。そして、ベンチの後ろに回って南方を見ると丹沢や富士山がどぉ〜〜〜〜んと聳えている。 太陽の加減か、富士の冠雪がキラキラと反射しとても美しい。 ふと空を見上げると本当に雲ひとつ無く、恐ろしいぐらいの快晴だ。 夏に丹沢に登った際はすべて山頂は濃霧に覆われていたが、陣馬山とこの川苔山でそのすべてのツケを清算してもらったような気分だ。


 

 
 一通り撮り終えたら昼食だ。 ここのところ移動時間を長く取るため食べ物は歩きながら行動食で・・・といったパターンが多かったので、山頂に腰を落ち着けてしっかりと食事を取るのは久しぶりだ。 霜が融けたせいで土が湿っているのでオールウェザーブランケットを敷いてからクッキングストーブをを取り出す。 今日はおにぎりに加えてミニサイズのインスタントラーメン(マグヌードルみたいなやつ)だ。  気温が下がった山ではやはりこうした暖かいものを食べたいところ。 このほかにインスタント汁粉も持っていったのだが、ここまで歩いたわりにそれほど食欲が出ず、出番は無かった。
 

ベンチが満員なのでここでご飯を食べた

 食事をしてまた撮影をしていたらあっという間に時間は過ぎ、1時になってしまった。 秋(もう冬か)の日はつるべ落としと言うし、山は日が落ちる前に行動終了が鉄則なので、荷物をザックに積め下山に移る。 ふと空を見上げるが、あいかはらず雲ひとつ無い、本当に素晴らしい天気のうちに終わる事ができそうだ。
 

 
 さて、問題なのが下山である。 舟井戸から大根ノ山ノ神を経由して鳩の巣駅に直に降りる道、他には大ダワから本仁田山を通って奥多摩駅に降りる道と赤杭(あかぐな)山を経由して降りる赤杭尾根コースとある。前者が距離も短く、時間も少なくて済む判り易いメジャールートなのだが、ひとつ問題があった。 このコース、変り栄えのしない植林帯を延々と歩かなければならないめったくそ退屈なコースなのである。 ただ、4時までには確実に下山したいし、これまで何度か登って自分は下りに弱い事が判っているので、倒木や崩落などで荒れている本仁田山コースや30分以上長く歩く必要がある赤杭尾根コースはリスクが高そうなので大人しくノーマルルートで下山する事にした。


山頂から曲ヶ谷北峰へ向かう稜線の道。


 噂どおり延々薄暗い杉林を歩かなければならない退屈ルートでは意気も上がらず、途中カップルに追い抜かれたりと前半良かった分かなりがっかり状態になりながらの下山であった。 途中林道と交差する辺りに祠があったはずなのだが、気に留めることもなく通過してしまった。 最後そのまま駅に行くのはあまりに芸が無いので神社に寄り道してから3時半に鳩ノ巣駅に到着。 

 まだ日の高いうちに無事に下山できた事を喜びつつ、早くも次はどこに行こうかなどと考えるのでありました。



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タイムライン

8:32 川乗橋バス停
9:05 竜王
9:11 細倉橋
10:06 百尋の滝
11:38 曲ヶ谷北峰
11:49 川苔山山頂 12:59発
14:47 大根ノ山ノ神
15:22 熊野神社
15:30 鳩ノ巣駅