八丈島旅行(その2)

 二等客室での眠りを妨げるのはオヤジたちのイビキだけではなった。 オヤジたちがさっさと眠りに入るために煽ったワンカップ酒(皆2〜3本空けていた)のアルコール臭と汗臭さが混淆となって漂い、それがまた臭いに敏感な自分をささくれ立たせていた。  

 加えて本来快適な眠りを約束するはずの寝袋も悪い方向に働いてしまった。 周囲のおじさんたちはロールマットと寝袋を広げる自分を見て「おお、準備いいなぁ」などと感心してくれていたのだが(2等船室での貸し毛布は有料なのだ)、自分の所有しているモンベル・スーパーバロウバッグ#3は船室内の温度に対して性能が高すぎ、暑苦しくなってしまうのである。 

 そんなこんなで夜中に何度も目が覚め、眠るというよりうたた寝を繰り返すといったあまり快適ではない夜をすごしていたら、今度は三宅島&御蔵島到着の知らせで叩き起こされ、完全に目が覚めてしまった。
三宅島朝日の中の三宅島。噴煙が出てる。

 そして朝9:30、時間通りに八丈島は底土港に入港。事前の予報とは裏腹にさわやかに晴れ渡っていた。

 何はともあれパンクしたバイクを直さねばならない。 キャンプ場は底土港のすぐ近くにあった筈なので、自転車を引き摺って行き、先にテントを張ってゆっくり修理しようそうしよう、ということでキャンプ場に行ったのだがなんだこれ。

 平らな地面が殆ど無い。 しかも海風の吹きっ晒し。 便所と水道は清潔だが、他のキャンパーもいない。「これはアレだな、ぜんぜんアウトドアの事判ってないトウシロの設計だな」などと早合点し、とりあえず一番マシそうな芝生の上にテントを設営した。 この時以前の九州ツーリングで死ぬ思いを味あわせてくれた鹿児島の吹上浜キャンプ場を思い出したが、あまりに嫌な思い出なのですぐに振り払う。

 とりあえずテントにグランドシートとロールマットと寝袋、すぐには使わない着替え等を放り込み、チューブ交換に取り掛かる。 フレームに取り付けてあるインフレーターはどう頑張っても5barくらいしか入らないので早く自転車店を探して入れてもらわにゃあ、と電話帳で確認した自動車店(八丈島には自転車店が一軒も無く、レンタサイクルも扱っている自動車修理工場を頼ることになる)に向かった。 それが済んだらそのまま底土港の反対側まで出て、北半分をぐるりと周る算段なのだ。

 ところがド田舎や離島の自転車店の常であるのだが(石垣島宮古島トライアスロンの会場になる島は別)、ここも例外ではなかった。こういう店ではまずロードレーサーをはじめとしたスポーツサイクルに対応していないのである。 それでも米式バルブのMTBタイヤチューブなら自動車と同じなのでまだ何とかなったのだが、フレンチバルブだとお手上げである。

 以前宮崎の南郷(イモ洗いのサルで有名な幸島の近く)で車輪をぶっ壊したときも技術のある宮崎市内のプロショップまでUターンを余儀なくされたのだが、今回はUターンしようにも島内で対応できる人がいないのだからどうしようもない。 


 この瞬間フニャフニャの低圧タイヤのままこの旅を貫徹することを余儀なくされたわけで暗雲が濃厚に立ち込めたのだが、なんとか気を取り直して走り出した。何も予備タイヤが一つも無くなってツーリングを続行できなくなったわけではないのだから。

 
 なんとなく不安の残る前輪のまま三根・大賀郷地区をぬけ、八丈島空港の横を通り西岸地区に出る。まず目にしたのは天候(風向き)によっては底土港の代わりに東海汽船の船着場になる八重根港。
 すぐ脇の旧八重根は入り江の口をテトラで三分の二ほど塞いで波が入ってこないようにした海水プールのようになっている。
八重根

 降りてみたのだが、さすがに外洋の水が直に入ってくるだけあって水は綺麗。 その分海水もしっかり冷たく、とても泳げるような状況ではなかった(後で知ったのだが、冷水塊がきていたらしく海水温は17℃だったらしい)。

 とりあえずここはスルーして海岸沿いを北上するルートを取って走り出すと、すぐに次の好スポット、「大潟浦園地」が現われた。
 目の前に大海原が広がる芝生の快適なデイキャンプ場で、ここでは宿泊は出来ないのだが、「底土よりこっちのほうがずっとええやん」と惚れ惚れしてしまうほどであった。 

 さらに北上すると「南原千畳敷」と呼ばれる溶岩ムキダシの荒々しい海岸と、この地に流されてきた宇喜多秀家の像が。

南原千畳敷

 そしてここを過ぎて道幅の広い八条循環線に合流すると急激な登りが始まる。 空気圧が低くて転がりが悪いのに加え、リアのパニアバッグにストーブなど重いものを入れっぱなしなのであっさり押しが入ってしまう。


 

 ある程度登ると、なかなかやりがいのあるアップダウンが続く。 何よりこのへんは左手に大海原&八丈小島、右手には八丈富士を望むという絶好の眺望で、苦しいが気分がいい。

 雲が出て太陽が隠れるとダメなのだが、雲が晴れて太陽が出ると海の色がぐっと味わい深くなるのだ。 八丈小島を望む

 この八丈島の海の青さというのはちょっと独特なもので、南西諸島のように珊瑚や白砂の海底から来る明るく鮮やかなコバルトブルーではなく、真っ黒い玄武岩質溶岩の海底が醸し出す濃厚なインクブルーなのである。 ただひたすら明るく朗らかな南西諸島の青さとは違い、油断していると吸い込まれてしまいそうな、どこか妖しさというか禍々しさを孕んだ青さなのだ。 この海水に浸かっていれば皮膚や血液にまで青さが滲み込み、全身青く染まってしまいそうな・・・・。

 そしてこの北半分を走っていて気づいたのが蝶の多さ。それも普通のモンシロやアゲハではなく、「アオスジアゲハ」や「ハチジョウカラスアゲハ」なのである。

 このハチジョウカラスアゲハの美しさというのがまた異様なのだ。一言で言えば黒い翅なのだが、翅の全体で海の青さを写し取ったというか、染み込ませたような妖しい色をしている。 このアゲハを追いかけていったらそのうち海に吸い込まれていった・・・なんて事もありうるんではないかという様な美しさなのである。

 気の弱い人はほんとに海に吸い込まれていきかねないのでとりあえず息抜きにヤギさんの画像をどうぞ。

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